【OUEN 塾in福岡]の目指すところ

前岩手県知事の増田寛也さんは、地域創生の切り札は「よそ者」「若者」「ばか者」だと仰います。その真偽はともかくとして、こと福岡に関して、私は、福岡には縁もゆかりもない「よそ者」であり、【OUEN 塾in福岡】を仕掛けた「ばか者」です。そして、このイベントのキモは、福岡に学ぶ大学生と留学生の「若者」です。とりあえずこれで、増田さんの言うところの3つが揃いました。

次には、福岡の大中小の地場企業を中心とした企業群・地方自治体・経済団体・大学を巻き込んで、若者が福岡を知り、愛し、福岡の地にしっかりと根を下ろすことにより、地力が付いた地域創生のベースができることを願っています。OUEN Japanは、まさしく「福岡に集う、大学生・留学生の応援団」として黒子に徹し、彼らのサポーターの立ち位置で応援していきたいと思います。

滅私奉公や不言実行は日本人の精神を言い表していると言われます。

葉隠には「武士道とは死ぬことと見つけたり」の一節がありますが、凡人の私には「自らを活かして人のために尽くす」ことが、自然体で生きることであり、私の武士道だと思っています。

滅私奉公→活私奉公
不言実行→有言実行

今夕は福岡の学生リーダーとの月1回のミーティングです。まずは、OUEN Japanの目指すところを改めてお話しすることから始めたいと思います。

小林 博重

梶山先生との四方山話

「政治の劣化もさることながら、教育者として『教育の荒廃』が危ぶまれる」

「嘘がまかり通るのが大人の世界。権力とは黒を白にできる醜悪な力。大人になるということは、心が純白から漆黒に指向すること。 今の権力者は自らの言動で、言わずもがな、そのことを若者に伝えている。これは教育の荒廃と言わずして何と表現したらいいのか?」

「フリーハンドでなければ改革などできはしない。身を清くすることが真の権力者の必須な条件である。権力を持つほど人に疑われる言動は慎まなければ、大胆な改革はできはしない」

「ダイバーシティを進めることがイノベーションを最速大胆に進めることに繋がる」

世のため人のために尽くすことが生まれてきた意味。そのためには、先ず、身を清くすることが不可欠なのです。

小林 博重

味処福善

昨夕は福岡女子大学理事長の梶山千里先生の行きつけの美味しい魚(肴)のお店でご馳走に預かりました。

味処 福善(ふくよし)
〠810-0003
福岡市中央区春吉三丁目13-28
電話 092-751-1616

店主は安武修二さん。奥さんとお二人でお店を切り盛りされている。10人は入ることができないだろうと思われるカウンター席メインのこじんまりとしたお店です。

最初は瓶ビール(アサヒ)で乾杯。何せ、梶山先生はアサヒ会の会長です。
ビールの後は、美味しい魚を酒の肴にして黒霧島のお湯割を堪能しました。

のどぐろ、香箱ガニ(せこがに、北海道産?)、シャコ、揚巻(有明海の二枚貝)、刃形魚(えつ。有明海や筑後川の魚。産卵で筑後川を登る)、刃形魚のカラスミ、子持ちイカ 上がりは福善特製の松前鮨

夏に香箱ガニを、それも福岡でいただくことができるとは思いもよらないことでした。(香箱ガニはズワイガニの雌で、内子と外子が超美味。石川県では冬の極短い期間しか採ることができない珍味な蟹です。梶山先生は「初めて食した。美味だ」と殊の外感動されていました)

福善特製「松前鮨」は梶山先生ご推薦の松前昆布で包んだ鯖の押し寿司です。これもまた美味。
生魚が苦手の私ですが、酢で〆た魚は大丈夫。今朝は土産にいただいた松前鮨を朝食にしています。

知る人ぞ知る、隠れた味処です。私が若かりし時には、生意気にも身分不相応に、おやじさんが夫婦で営んでいる「こだわりの店」を人づてに探して通ったものですが、昨今はチェーン店をはじめ飲み屋も大規模化していて今ひとつ情緒がなくなってきているような気がします。 また、このようなお店が馴染みになって行きつけの店になることは、少しは他所者から土地の人の足元くらいにはたどり着けたのではないかと自己満足の気持ちにもなります。

150万人の大都市ではあっても、福岡は東京にはない『福岡の情けと香り』を感じます。

私は、【OUEN 塾in福岡】を、若い学生や留学生が「福岡の土の香りに親しみを持ち、福岡を愛し、福岡をより活性化するための中心的存在になる」一助にしたいと思います。 毎月1週間の福岡出張ですが、今改めて私のミッションの果たす意味を感じております。

小林 博重

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リンカーンの箴言

「自己の向上を心掛けている者は、喧嘩などする暇がないはずだ。おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよ喧嘩はできなくなる」

「人間は、たとえ相手が自分の一番関心のある目標に導いてくれる指導者であっても、自分の気持ちを理解してくれない者にはついていかない」

「何歳まで生きたかは重要ではない。いかにして生きたかが重要だ」

「40歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たなければならない」

「私は一つの痛切な願いを持っている。それは、私がこの世に住んだがゆえに、少しだけ世の中が良くなったということが認められるまでは、生きていたいということだ」

リンカーンをはじめとして、世界の偉人たちは、
和の心を持ち人と争わず、
相手の立場に立って考え、
人間の心の深奥を極め、
人のために尽くすことをミッションとしているのですね。

そのような人でないと人はついてきてくれないのでしょう。

小林 博重

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6月の福岡出張に当たり

今日(26日)から30日まで、福岡出張の1週間のスタートです。九州電力他の福岡大手7社をはじめとして、九州経済連合会、福岡中小企業家同友会、九州北部信用金庫協会の社団法人や東大応援部4年先輩の中村隆象古賀市長訪問、学生リーダーとのミーティング等、盛り沢山のスケジュールです。
アポイントが入るということは、私が少しずつ福岡の皆さんに受け入れていただいてきている証左だと思うと、2年間に亙り福岡出張を継続してきたことが決してムダではなかったと、皆さんに感謝すること頻りです。

「ネバーネバーネバーギブアップ」
「継続は力なり」
「成功するまで諦めない」

凡人は、偉人の箴言から「人間としてあるべき姿」を『学び』、自らの経験を積み重ねることにより学びを確固とした『信念・哲学』にまで高めるのです。 そして、それが血肉化したものでなければ『信念・哲学』は人に伝わらないのです。口先だけでは決して人の心を打つことはありません。

小林 博重

瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず

「瓜田に履を納れず」
「李下に冠を正さず」
誤解を招くような行動は慎むべしとの戒めです。特に人の上に立つリーダーたる人は権力を悪用することができるわけですから、如何に自分の言動は正しく公平であると思っても、決して人に疑われることはしてはいけないのです。

若い時は、一本気で正義感旺盛な気性が災いし、森の石松よろしく「若気の至り」で人との衝突が間々ありました。
「自分は正しく、相手が間違っている。自分を認めない人なら、それはそれでいい。我関せずだ」と人間関係を悪くしてしまうのです。

自分を客観的に見つめることができない、まるで子どもそのものです。「幼子の心を持つ」ことは、「素直な純な心を忘れない」ことであり、自分に固執して頑なになることではありません。

ぬるま湯の生簀から飛び出し飛び込んだ日本海は、荒れ狂う冷たい大海でした。
七転八倒、七転び八起き、紆余曲折を経た一本独鈷の20年でしたが、本質志向を心掛けること、現場主義に徹することにより、自らの問題点を見つめ直し、得意技を磨くことができたのだと思います。

上記二つの諺が教えることは、私の経験と人の情け、メンターからの教えにより私の血肉になっていると思います。

昨今の日本の政治の劣化を見るにつけ、他山の石として改めて我が身を引き締めたいと思うものです。

小林 博重

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それでもこの世は悪くなかった

「人生の苦難に遭った時、誰かのためにそうさせられたと思う人は多いけれども、自分の人生を選んだのは自分だと思った方がいいんじゃないかと思います。何があろうと、自分の性質のお蔭でこうなったと思えば誰も恨むことはないし、心平かに反省の日々を送ることができます」 「折に触れ、ちょっとしたことで感心してそれが血肉化される、そういうことで人間は成長していくものだということが、九十歳を越えた頃からわかるようになりました。 だから、人生にムダというものは何もないですよ。ムダのようで心にとまったことはいつか、自分の血の中に入ってくるんです」
「生きていれば、損をしたり傷ついたりするかもしれません。けれど、やれ損したとか、やれ傷つけられたとか、そんな風に考える前に、私は先へ進んでいく。だから、恨みつらみが育つヒマがないんですよ」 「人生は思うに任せないことの連続ですよね。だけど、そこが面白いんです。何もない人生だったら、私にはつまらなかったと思います」 「何も苦しいことがなければ、幸福は生まれないのですよ。幸福を知るには苦労があってこそなんだというのは、苦労から逃げた人にはわからない真理だと思います。 苦しいことだらけの人生を生きた私は、幸福な人生だったと思うんです。苦しい人生をいっぱい生きてきましたからね」

佐藤愛子さんの『それでもこの世は悪くなかった』(文春新書)からの抜粋です。

93歳の矍鑠とした佐藤さんの破天荒な人生。
「その人生を、正々堂々と、自由奔放に、強く、生き抜いてきた」彼女の逞しい人生哲学がほとばしる語り下ろしです。爽快な心持ちで一気に読了しました。

「私もかく生きたいものだ」と、残り三十数年の人生を生き抜くに於いて勇気をいただいた一冊でした。

小林 博重

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人間通とビジネススタイルの確立

(1)まず、人と接することを楽しいと思うこと。人間好きであることが必須条件である。
(2)物事を明るく前向きに楽観的に考えること。
(3)人が何を欲しているか、それに自分が応えることができるか、何とか努力して応えられることなのか。努力精進することを厭わない心を持つこと。
(4)人が「善き心根」を持っている人か第六感で分かること。そうでない場合でも「悪い心根」を持っている人でなければ、距離を置いて付き合うこと。自分から人間関係を悪くしないこと。 (5)まずギブからスタートすること。テイクは後から付いてくる。
(6)集まってきてくれる人たちを有機的に結び付けること。大きな渦(ビジネス)を創ること。
(7)渦の仲間は対等な関係にすること。
(8)決して渦を創ったのは自分だと傲慢にならないこと。仲間に感謝する謙虚な心を持つこと。

利己を極めれば、必ず利他に通じるのです。
「情けは人のためならず」は絶対的真実です。そのことが胸にストンと落ちれば、その人は『人間通』であり、良い意味の『人誑し』です。

Mapを設立して9年が過ぎ、ようやく私独自のビジネススタイルが確立しつつあります。10年一区切り、今期末(30.4)までにはそれを確固としたものにして、11年目からは新生Map&OUEN Japanとしてスタートしたいと思います。

小林 博重

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山下清の名言

昨日は梅雨の晴れ間の1日で、30度を超える真夏日でした。顧問税理士の移川先生訪
問しかアポイントがなかったため、ラフな出で立ち(Tシャツ、半ズボン、スニー
カー)で外苑前と新宿御苑を往復30分強のウォーキングしました。

移川先生からは「まるで山下清ですね」。

「日本のゴッホ」「裸の大将」「放浪人生」フーテンの寅さんにも似た自由奔放な人
生を送ったイメージがあります。3歳の頃に命の危険に陥り、一命を取り留めたもの
の軽い言語障害と知的障害の後遺症を患ったとか。49歳の若さで没した短い人生でし
た。人生は長さではなく、その中身なのです。実に魅力的な生き方をした人だと思い
ます。

山下清の言葉は、身体から滲み出た「名言」と言えます。図らずも、幸せな人生を送
る要諦を語っています。

自然に行くのがいいんだな

自分がいい所へ行こう 行こうと思うと 少しもいい所へ行かれない いい所
へ行こうとしなければ しぜんにいい所へぶつかる いい所へ行こうとするから い
い所へぶつからないんだろう

(おにぎりが貰えなかったらどうするのかを問われ)
おにぎりが貰えるまで歩くから、貰えないってことはないんだな

踏むな、育てよ、水そそげ

自然体で生きること、「俺が俺が」の生き方をしないこと、何事も挫けずに前を向い
て生きること、人を貶めず人を育てる生き方をすること。

私も山下清のような透き通ったものの見方ができる人間に少しでも近づけるような生
き方をしたいものです。

小林 博重

青春

今朝は5時前に起床し事務所に出勤して草花の水遣りと部屋の掃除のあと、久しぶり
に『日本寮歌集』(歌:加藤登紀子)に聴き入りました。明治大正昭和の旧制高等学
校は全寮制でした。学生は3年間の寮生活のなかで、青春の心意気と悩み・歓びの多
感な心を寮歌に歌い上げたのです。

私は東大教養学部の2年間、駒場寮に住んでおりましたが、旧制第一高等学校の名残
がありました。1部屋4人が住むというプライバシー皆無の寮でしたが、壁面に書かれ
ていた落書きにも似た青春讃歌に、往時の寮生の青春の息吹に触れた気がしたもので
す。

旧制高校は35校あり、寮歌は二千余曲あるとか。第一高等学校(現東大教養学部)は
高唱調な歌が多く、若い心の琴線に触れる抒情的な逍遥歌は第三高等学校(現京大教
養学部)と、高校によって寮生の気質は違っていたようです。いずれの曲、歌詞とも
感性溢れる胸を打つものが多いのには驚かされます。いつの時代も青年は燃えて生き
ているのです。私など還暦を過ぎた人間には、青春を思い起こすには「寮歌」を聴き
歌うことに限ります。

青春  原作:サミュエル・ウルマン

青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心、安易を
振り捨てる冒険心、こういう様相を青春と言うのだ。

歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増やすが、情熱を失うときに精神はしぼむ。

苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こういうものこそ恰(あたか)も長年月の如く
人を老いさせ、生気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

歳は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く、驚異への愛慕心、空に閃く星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽
仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めては止まぬ探究心、人生への歓喜と興
味。

人は信念とともに若く、疑惑とともに老ゆる。

人は自信とともに若く、恐怖とともに老ゆる。

希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちぬ。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大偉力の霊感を受ける限り、人の若
さは失われない。

これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれ
を固く閉ざすに至れば、この時こそ人は全くに老いて神の憐れみを乞うる他はなくな
る。

小林博重